2014年3月実施 東日本大震災 被災住民交流ボランティアバスの報告

社会貢献学会では、東日本大震災に対する取り組みの一環として、
被災住民交流ボランティアを実施しました。

被災住民交流ボランティア活動報告
社会貢献学会 学生会員 藤原麗生 (神戸学院大学3回生)

背景:東日本大震災発生から3年目を迎えようとする今、東日本大震災の震源地に最も近い町、石巻市雄勝町では過疎化、少子高齢化が深刻化している。リアス式の美しい三陸海岸に面した雄勝町は、東日本大震災前は約4300人が暮らし、帆立やホヤ、ワカメなどの養殖業が盛んであり、国内生産量の90%を占める雄勝硯(現東京駅の屋根に使用)の産地あったが、東日本大震災で甚大な被災により人口の約8割、家屋の8割が流出し、現在の人口は 約1000人となっており、まだまだ復興の目処が立っていない状況であることを知り支援を開始していく。

目的:今回の現地での活動を通して地元住民たちと関西の学生が様々な体験を通して人との関係を築いていく。

活動内容:現地では、名振の仮設住宅で、明石焼きとミサンガを通じて学生と住民の方々と交流をしたり、立浜地区では漁業のお手伝いをさせていただいた。漁業組合長の末長さんにも現状をお聞きし、これからの漁業についてのあり方についてお話を伺った。また、雄勝町出身である被災者の方に雄勝町を回りながら、当時の様子を語っていただいた。
名振では、学生が明石焼きを作り、関西の名物を作ることによって地元住民にも文化を通じて交流を行った。地元の方々には、1対1でミサンガを教えてもらい、上手くコミュニケーション取ることができ、学生にとって貴重な経験となった。
立浜では、漁業体験をさせていただいた。男女別に分かれて、ワカメの茎と葉を分ける作業と、網の補修作業などを行った。学生にとって初めての体験であり、体力的に厳しい作業であったが、漁業の厳しさを知ると同時に漁師たちの優しさを感じ、自分たちが普段食べている魚介類のありがたみを感じることができた。さらに、漁業を通じ、地元の方と仲良くなり、少しだが関係を作ることができた。漁業の後は、震災前に雄勝に住んでいた元会長の方に来ていただき、雄勝町をバスでゆっくり走りながら、当時の様子を語っていただいた。直接震災のお話を被災者からお聞きすることがなく、当時どのような状況だったのか、どのように避難されたのかなどを詳しく教えていただき、改めて津波の怖さを知り、これからの防災に活かしていくことが必要だと感じ、学生たちも改めて防災の必要性を感じることができた。また、学生の中でこの活動を通じ、もっと多くの学生に伝承していきたいと話していた。
・漁業や明石焼き、ミサンガ作りなどの体験を行うことによって、若者と地元の方が初めてでも上手くコミュニケーションがとることができ、両者にとっていい関係を作り上げていくための基礎ができたと考える。またこの出会いを通じ、多くの学生が雄勝町に興味を持ち、「また同じ場所で活動をしたい」「もっと漁業を手伝いたかった」という声を聞くことができた。さらに、夜のミーティングでは、活動を通じそれぞれの思いなど聞くことができ、多くの学生がボランティアの存在意義やあり方などについて考えるきっかけとなり、この活動が彼らにとっていい刺激になったのだと考える。      さらに、実際に当時雄勝に住んでいる人の話をお聞きしたことや大川小学校、石巻市南浜町など被災地を視察したことで、改めて津波の怖さを実感し、防災教育を勉強していない学生でも、防災への意識が高まったと考える。
地元の方々から、ぜひ8月11月に雄勝に足を運んでほしいという要請も受けた。できれば、同じ学生がたくさん来てくれたらうれしいという言葉も受け、今回の活動は両者にとって有意義な時間になったのだと考える。